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横浜地方裁判所 昭和55年(行ウ)21号 判決

原告

高野勝征

右訴訟代理人

鳥越溥

服部正敬

被告

神奈川税務署長

渡辺五郎

右指定代理人

布村重成

外五名

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和五三年一一月二七日付で原告に対してなした昭和五一年分贈与税決定処分(ただし、昭和五四年三月二九日付異議決定及び昭和五五年六月二三日付裁決により取り消された部分を除く。)及び無申告加算税の賦課決定処分(ただし、昭和五四年三月二九日付異議決定及び昭和五五年六月二三日付裁決により取り消された部分を除く。)をいずれも取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和五〇年一〇月ころ、伊東三平(以下「伊東」という。)から、東京都町田市成瀬字壱参号二二四四番一、田、四五六平方メートル(以下「第一物件」という。)を五〇〇万円で、高野泰佑(以下「高野」という。)から、同所同番二、田、四八九平方メートル(以下「第二物件」といい、第一物件及び第二物件を合わせて「本件土地」という。)を七〇〇万円でそれぞれ買い受けた(以下「本件売買契約」という。)ところ、被告は、昭和五三年一一月二七日付で、原告に対し、本件土地の譲受がいずれも相続税法七条の規定する著しく低い価額の対価で財産の譲渡を受けた場合(以下「低額譲受」という。)に該当するとして、別表一記載のとおり昭和五一年分贈与税決定処分(以下「本件贈与税決定処分」という。)及び無申告加算税賦課決定処分(以下「本件無申告加算税賦課決定処分」という。)をなした(以下両処分を合わせて「本件各処分」という。)。

2  原告は、これを不服として、昭和五三年一二月二〇日、被告に対し、異議申立をなしたところ、被告は、昭和五四年三月二九日付で別表一異議決定欄記載のとおり異議決定をした。

原告は、更にこれを不服として、昭和五四年四月五日、国税不服審判所長に対し審査請求をしたところ、同所長は、昭和五五年六月二三日付で別表一審査裁決欄記載のとおり裁決をなした。

3  しかしながら、本件各処分(ただし、右異議決定及び裁決により取り消された部分を除く。以下同じ。)は、相続税法七条の解釈を誤り、かつ、本件売買契約締結時期及び第一物件の相続税評価額の認定を誤つた違法があるから、原告はその取り消を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1のうち、原告が本件土地を買い受けた時期が昭和五〇年一〇月ころであるとの点は否認し、その余の事実は認める。

2  同2の事実は認める。

3  同3の主張は争う。

三  被告の主張

1  本件贈与税決定処分の課税根拠及び適法性について

(一) 原告は、昭和五一年一月一〇日、伊東(原告の姉の夫)から第一物件を五〇〇万円で、高野(原告の兄)から第二物件を七〇〇万円でそれぞれ買い受け、同月二三日付で本件土地について農地法五条一項三号の規定に基づく届出をなすとともに、同年三月三一日所有権移転登記を経由した。

(二) ところで、相続税法七条は、著しく低い価額の対価で財産の譲渡を受けた場合においては、当該財産の譲渡があつた時において、当該財産の譲渡を受けた者が、当該対価と当該譲渡があつた時における当該財産の時価との差額に相当する金額を当該財産を譲渡した者から贈与により取得したものとみなす旨規定している。

そうして、右規定にいう著しく低い価額の対価による譲渡であるか否かは、いわゆる実勢価額(その財産について不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立するであろうと認められる価額)はもとより、当該財産の譲受けの事情、当該財産の相続税評価額(相続税、贈与税における財産の評価につき定められた一定の方法に従つて定められた価額)と譲受価額との開差の額、その開差額が相続税評価額に占める割合等を勘案し、社会通念にしたがつて判断すべきである。

(三) そこで、本件土地の相続税評価額、実勢価額等についてみることとする。

(1) 相続税の財産評価について、国税庁長官が定めた「相続税財産評価に関する基本通達」(昭和三九年四月二五日付国税庁長官通達直資五六、直審(資)一七、以下「基本通達」という。)及び同通達に基づき東京国税局長が定めた「昭和五一年分相続税財産評価基準」(以下「評価基準」という。)によれば、本件土地の譲渡時(昭和五一年一月)におけるその所在地域にある「宅地」の評価方式は、倍率方式(固定資産税評価額に一定の倍率を乗じて計算した金額によつて評価する方式)によることとされ、その倍率は1.5倍とされており、また、「雑種地」の評価については、雑種地の価額は、その雑種地の現況に応じ、類似する附近の土地の評価方法に準じて計算した金額により評価することとされている。

(2) 第二物件の相続税評価額

第二物件の昭和五一年一月の譲渡当時の現況は、道路に面した宅地であつたから、その相続税評価額は、基本通達及び評価基準によれば、前記のとおり固定資産税評価額に1.5の倍率を乗じて計算すべきところ、第二物件の昭和五一年度の固定資産税評価額は八五八万一九五〇円であるから、その相続税評価額は一二八七万二九二五円となる。

(3) 第一物件の相続税評価額

第一物件の昭和五一年一月の譲渡当時の現況は、第二物件より約三〇センチメートル低い雑種地であつたのであるから、その相続税評価額は前記(1)記載のとおりの評価方法によるべきところ、第一物件は右高低差を除くと第二物件と地続きの隣接土地であり、また、もと一筆の土地であつて状況が同一であつたから、第二物件が第一物件と類似する附近の土地であるということができる。したがつて、第一物件の価額は第二物件の評価方法に準じて計算した金額によることとなる(なお、第一物件の所在する成瀬地域は、評価基準によれば宅地以外の地目は全て宅地比準方式により評価することとなつているのであるから、第一物件と類似する土地が第二物件ではないと仮定してみても、第一物件の評価方法は宅地比準方式によることになるが、第一物件の近辺にある宅地に係る固定資産税評価額は、第二物件のそれと同額かあるいは、それ以上の額であるので、第一物件の評価にあたつては、第二物件の固定資産税評価額を採用することが相当である。)ところ、第一物件は、第二物件より約三〇センチメートル低かつたのであるから、第一物件を第二物件と同じく宅地として利用するためには埋立てを必要とする状況にあつたものとして、宅地造成費相当額を第二物件の評価額から控除するのが相当である。そこで、第一物件の相続税評価額は、次のとおりとなる。

(ア) 第二物件に係る一平方メートル当たりの昭和五一年度固定資産税評価額一万七五五〇円

(イ) 第二物件に係る評価基準による評価倍率 1.5倍

(ウ) 宅地造成費 五パーセント

(エ) 第一物件の地積 四五六平方メートル

(オ) 評価額 (ア)×(イ)×(一−(ウ))×(エ)

一一四〇万三九九〇円

なお、宅地造成費については、一メートル未満の埋立てによつて宅地に転用することが可能であつたと認められるから、評価基準に定められている傾斜度の度数別による宅地造成費の概算控除率表の高さ一メートル未満の土盛地に適用する概算控除割合の五パーセントを適用すべきである。

(4) 本件土地の実勢価額等について

本件土地の近隣土地の実勢価額は、別表二の番号5ないし7のとおりであり、また、地価公示法(昭和四四年法律第四九号)の規定により公示された標準地の公示価格は同表の番号3、国土利用計画法施行令(昭和四九年政令第三八七号)の規定による基準地の標準価格は同表の番号4のとおりである。

これらによれば、これらの土地の一平方メートル当たりの価額は三万九五〇〇円から七万二八一四円(同表⑧欄)であり、これに対し本件土地の原告の譲受価額は一平方メートル当たり、第一物件が一万〇九六四円、第二物件が一万四三一四円にすぎない。

(5) 以上のように、原告の譲受価額(第一物件が五〇〇万円、第二物件が七〇〇万円)は、本件土地の相続税評価額(第一物件が一一四〇万三九九〇円、第二物件が一二八七万二九二五円)及び前記実勢価額等に比して著しく低いから、原告の本件土地の譲受は、相続税法七条の規定にいう低額譲受に該当するものである。

(四) そうして、相続税法七条によれば、本件土地の時価と原告の譲受価額との差額に相当する金額を、原告が伊東及び高野から贈与によつて取得したものとみなされるところ、課税事務においては、当該財産が土地である場合には当該財産の時価を評価することが困難であることから、相続税評価額をもつて同条に規定する時価として課税している。

これによると、本件での贈与とみなされる金額は、第一物件について六四〇万三九九〇円、第二物件について五八七万二九二五円、合計一二二七万六九一五円となり、右金額の範囲内でなした本件贈与税決定処分は適法である。

2  本件無申告加算税賦課決定処分の適法性について

前記のとおり、原告は贈与を受けたものとみなされるのであるから、原告は、昭和五一年分の贈与税の法定申告期限である昭和五二年三月一五日までに本件贈与税の申告書を被告に提出すべきであるのに、これを提出しなかつたので、被告は国税通則法二五条の規定に基づき、原告に対し本件贈与税決定処分を行つたものである。

したがつて、同法六六条一項一号の規定に基づいてなした本件無申告加算税賦課決定処分は適法である。

四  被告の主張に対する認否及び原告の反論

1(一)  被告の主張1(一)のうち、原告が本件土地を買い受けたのが昭和五一年一月一〇日であるとの点を否認し、その余の事実は認める。

(二)  同1(二)のうち、相続税法七条の規定の内容は認めるが、その余は争う。

(三)(1)  同1(三)(1)の事実は認める。

(2)  同1(三)(2)のうち、第二物件が昭和五一年当時宅地であつたとの点は否認する。

(3)  同1(三)(3)のうち、第一物件が第二物件と同じ状況であつたとの点は否認し、第一物件の相続税評価額の算出に当たり、第二物件の固定資産税評価額をもとにする点は争う。第一物件は、第二物件と異なり袋地であるから、この点を評価に当たり考慮すべきである。

(4)  同1(三)(5)の主張は争う。

(四)  同1(四)の主張は争う。

2  同2の主張のうち、本件無申告加算税賦課決定処分が適法であるとの主張は争う。

3(一)  相続税法七条に定める「著しく低い価額の対価」とは、譲渡の対価が当該譲渡にかかる財産の相続税評価額の二分の一を下回る場合をいうものと解すべきである。すなわち

(1) 同条にいう時価が、相続税評価額であることは、課税庁も公表しているように確定した扱いである。

(2) 同条は「著しく低い価額の対価で財産の譲渡を受けた場合」と極めて抽象的に定めているが、何らかの合理的な基準があつて然るべきところ、常識的にみて、贈与税を支払わなければ時価の五ないし六割の対価での売買が許されないというのではどうみても不合理であり、また、所得税法施行令一六九条は、同法五九条一項二号を受けて、同規定にいう著しく低い価額の対価とは、資産の譲渡の時における当該資産の価額の二分の一に満たない金額をいうものと規定しているところ、これは他の税法におけるいわゆる低額譲渡についても一つの基準となりうるものである(ちなみに、大阪地方裁判所昭和五二年一二月七日判決(同裁判所昭和五〇年(行ウ)第一六号事件)も、所得税法施行令一六九条のような規定のない国税徴収法三九条に定める「著しく低い額の対価」の意義につき、特別の事情のない限り時価のおおむね二分の一に満たない価額と解するのが相当である旨判示している。)。しかも、被告所部係官も、本件については、本件各処分及び異議審理に係る調査の際に、原告の代理人に対し、相続税評価額の二分の一を下回る売買は低額譲受に該当する旨説明しており、これは、当時の課税実務の取り扱いが、原告主張の解釈によつていたことを示すものである。

(二)  ところで、原告は、第一物件を義兄の伊東から、第二物件を実兄の高野から買い受けたのであるが、できるだけ買主の出捐額を少くし、売主には現実の所得が多くなるようにと節税をはかるため、その売買価額を決定するに際し、相続税法七条の適用を受けない範囲でできるだけ安い価額に決めようとしたものであり、このような節税行為はもとより正当である。

(三)  また、本件売買契約は、昭和五〇年一〇月こうなされたものであるから、本件土地の時価については、昭和五〇年度の相続税評価額が適用されるべきである。

そこで、昭和五〇年度の本件土地の相続税評価額をみると

(1) 第一物件の固定資産税評価額は五七七万七五二〇円であり、当時の相続税評価額は、固定資産税評価額の1.6倍であつたから、九二四万四〇三二円となる。

(2) 第二物件の固定資産税評価額は七九六万五八一〇円であり、相続税評価額は、右と同じ方法により一二七四万五二九六円となる。

(3) そうすると、第一物件の売買価額五〇〇万円、第二物件の売買価額七〇〇万円は、いずれもその相続税評価額の二分の一を上回るから、原告の本件土地の譲受は、相続税法七条の規定にいう低額譲受に該当しないというべきである。

(四)  仮に、本件土地の売買契約の時期が昭和五一年一月であるとしても、同年の本件土地の相続税評価額は、

(1) 第一物件につき九三三万六六〇〇円

計算式 622万4400円(固定資産税評価額)×1.5

(2) 第二物件につき一二八七万二九二五円

計算式 858万1950円(固定資産税評価額)×1.5

となり、本件土地の売買価額は、いずれも右相続税評価額の二分の一を上回るから、原告の本件土地の譲受は、相続税法七条の低額譲受に該当しないというべきである。

4  そうすると、本件贈与税決定処分は違法であり、したがつて、原告は無申告加算税を賦課されるいわれもないから、本件無申告加算税賦課決定処分も違法である。

五  原告の反論に対する被告の再反論

相続税法七条の規定する低額譲受の判断基準に関する原告の主張は、以下のとおり失当である。

1  相続税法七条にいう低額譲受に該当した場合には、贈与税の課税価格を算出するため、当該財産の時価と当該譲渡価額との差額を算出することになるが、同条にいう時価とは、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われた場合に通常成立すると認められる価額であると解されるところ、このような時価の評価が困難であるところから、課税庁では、一定の基準に基づく相続税評価額をもつて、相続税法七条に規定する時価として課税事務を行つているにすぎない。

このように、原告の主張する確定した取り扱いとは、低額譲受と判定された場合の課税価額の算出に関するものであり、それと場面を異にする低額譲受の判定についてのものではないから、右取り扱いをもつて原告の主張を根拠づけることはできない。

2  また、相続税評価額は、市場価額よりも極めて低い価額となつているのであるから、この極めて低い相続税評価額の更に二分の一を下回る場合でなければ、低額譲受にならないとする原告の主張は、到底是認しがたいものである。

3  ところで、原告は、所得税法施行令一六九条をも根拠とするが、同条及び所得税法五九条一項二号は財産を譲渡した側の課税関係を律するために設けられた規定であるのに対し、相続税法七条は、法律的には贈与ではないが、対価と時価との差額については贈与とその実質を同じくすることから、負担の公平を図る見地から贈与があつたものとみなして贈与税を課するのであり、財産を譲渡した側の課税関係と同列に判断することはできない。そして、実定法上、相続税法七条にいう「著しく低い価額」の意義について、時価の二分の一に満たない金額と解すべき根拠規定はない。

4  原告の引用する大阪地方裁判所の判決例は、国税徴収法三九条に関するもので、本件と事案を異にするばかりでなく、同判決でいう時価とは、いわゆる実勢価額をいうものであつて、相続税評価額をいうのではない。

ちなみに、本件での売買価額は、前記のとおり実勢価額の二分の一を下回る。

5  本件各処分及び異議審理に係る調査の際に、被告所部係官が原告の代理人に対し原告主張のような説明をしたことは認める。しかしながら、被告の法解釈は一貫して被告が本訴において主張するところと同じであるから、被告の取り扱いが原告の主張するところと同じであつたということはない。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1の事実(ただし、売買契約の時期の点を除く。)、同2の事実及び被告の主張1(一)の事実(ただし、売買契約の時期の点を除く。)は当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、本件売買契約はいずれも昭和五一年一月一〇日に締結されたものと認められる。

〈反証判断略〉

二そこで、本件贈与税決定処分について検討する。

1  相続税法七条は、著しく低い価額の対価で財産の譲渡を受けた場合においては、当該財産の譲渡を受けた時において、当該財産の譲渡を受けた者が、当該対価と当該譲渡があつた時における当該財産の時価との差額に相当する金額を贈与により取得したものとみなす旨規定している。

ところで、右規定にいう著しく低い価額の対価の意義については、所得税法五九条一項二号に係る同法施行令一六九条のような規定がないところ、相続税法七条は、著しく低い価額の対価で財産の譲渡を受けた場合には、法律的には贈与といえないとしても、実質的には贈与と同視することができるため、課税の公平負担の見地から、対価と時価との差額について贈与があつたものとみなして贈与税を課することとしているのであるから、右の規定の趣旨にかんがみると、同条にいう著しく低い価額の対価に該当するか否かは、当該財産の譲受の事情、当該譲受の対価、当該譲受に係る財産の市場価額、当該財産の相続税評価額などを勘案して社会通念に従い判断すべきものと解するのが相当である。

2  原告は、相続税法七条にいう「著しく低い価額の対価」とは、当該譲受の対価が相続税評価額の二分の一を下回る場合をいうのである旨主張し、その根拠として、(1)同条にいう「時価」が相続税価額を指すことは確定した課税実務の取り扱いであること、(2)所得税法施行令一六九条が、同法五九条一項二号の「著しく低い価額の対価として政令で定める額による譲渡」との規定を受けて「資産の譲渡の時における価額の二分の一に満たない金額」と定めていること、(3)所得税法施行令一六九条のごとき規定のない国税徴収法三九条に関する大阪地方裁判所の判決が、「時価のおおむね二分の一に満たない価額をもつて『著しく低い額』と解するのが相当である。」旨判示していること、(4)被告の所部係官も相続税評価額の二分の一を下回る売買は低額譲受に該当する旨説明したことから明らかなように本件各処分時における課税実務の取り扱いであつたとするのである。

そこで、順次検討するのに、

(一)  右(1)の根拠について

〈証拠〉によれば、被告を初めとする課税庁は、相続税法七条の適用に当たつては、当該譲受が同条の低額譲受に該当するか否かの認定については時価すなわち客観的な取引価格を基準としてこれを判定し、低額譲受と認められた場合、その課税標準の算定については相続税評価額の定められているものについてはこれを用いると解していることが認められ、甲第一号証の記載も右解釈に抵触するものではないから、原告の主張するような課税実務の取り扱いがなされていたとは認められない。また、不動産の相続税評価額が客観的な取引価格ないし市場価額に比しはるかに低額であることは当裁判所に顕著であるところ、当該譲受の対価を相続税評価額とのみ対比し、相続税評価額よりも著しく低い場合に、はじめて低額譲受に該ると認定しうるものであると解することは、贈与税の負担の公平を図るため、実質的に贈与の性質を有する財産譲受に対して課税するという相続税法七条の趣旨にかんがみれば、相当でないといわなければならない。したがつて、原告の右(1)の主張は前提を欠くものであつて、原告の前記主張の根拠とすることはできない。

(二)  右の(2)の根拠について

所得税法五九条一項二号は「著しく低い価額の対価として政令で定める額による譲渡」と規定し、同法施行令一六九条はこれを受けて右の政令で定める額とは「資産の譲渡の時における価額の二分の一に満たない金額」と規定している。しかしながら、右所得税法の規定は譲渡所得に関する規定であるところ、譲渡所得に対する課税は、資産の値上りによりその資産の所有者に帰属する増加益を所得として、その資産が所有者から他に移転するのを機会に、これを清算して課税する趣旨のものである。そして、所得税法は、資産の譲渡により収入として実現した増加益にのみ課税するのを原則とするが、例外的に、増加益に対する課税が繰り延べされることを防止するために、未実現の増加益に対して課税することのできる場合を同法五九条に定めている。すなわち、一定の無償譲渡(同条一項一号)又は著しく低い価額の対価による譲渡(同項二号)があつた場合には、時価による譲渡があつたものとみなし、増加益の全額を課税の対象としているのである。そして、所得税法施行令一六九条は、前記のとおり、右の所得税法五九条一項二号の規定を受けて、著しく低い価額の対価として政令で定める額を資産の譲渡の時における価額の二分の一に満たない金額と規定しているが、これらの規定はどのような場合に未実現の増加益を譲渡所得としてとらえ、これに対して課税するのを適当とするかという見地から定められたものであつて、どのような場合に低額譲受を実質的に贈与とみなして贈与税を課するのが適当かという考慮とは全く課税の理論的根拠を異にするといわなければならない。したがつて、前記所得税法の規定の文言と相続税法七条の低額譲受の規定の文言が同一であることや前記所得税法施行令の規定を、原告の前記主張の根拠とすることはできないといわざるをえない。なお、右の所得税法施行令の規定にいう資産の譲渡の時における価額が、時価すなわち客観的な取引価格を意味し、相続税評価額を意味するものでないことは、前記のとおり譲渡所得に対する課税が値上りによる客観的な増加益に対する課税であることにかんがみればいうまでもないところである。

(三)  右(3)の根拠について

原告の援用する大阪地方裁判所の判決は、国税徴収法三九条にいう著しく低い額の対価による譲渡とは、特別の事情のない限り、時価のおおむね二分の一に満たない価額の対価による譲渡をいうものと判示している。しかしながら、国税徴収法三九条はいわゆる無償譲受人等の第二次納税義務を定めた規定であるが、同条は財産の無償譲受等は詐害行為に該当する場合が多いこと、詐害行為取消権の行使は訴訟手続によらなければならないことに照らし、手続を簡略化して財産の譲受人等に等二次納税義務を負担させることにより租税の徴収確保を図つた規定であると解される。そうすると国税徴収法三九条の規定と相続税法七条の規定の低額譲渡(受)に関する文言がほぼ同一であることから、直ちに、低額譲渡(受)に関する規定が置かれた趣旨の全く異なる右の両規定にいう著しく低い(価)額の意義を同一に解しなければならない理由はない。したがつて、国税徴収法三九条の解釈を、原告の前記主張の根拠とすることはできないというべきである。なお、右の国税徴収法三九条にいう著しく低い額を認定する際に比較の対象となる価額が、時価すなわち客観的な取引価格を意味し、相続税評価額を意味するものでないことは、前記の同条の立法趣旨にかんがみればいうまでもないことである(この点について、原告の援用する前記大阪地方裁判所の判決も同趣旨であることは、その判文に照らし明らかである。)。

(四)  右(4)の根拠について

被告所部係官が原告の代理人に対し、相続税評価額の二分の一を下回る価額による売買は低額譲受に該当する旨説明したことは、当事者間に争いがない。しかしながら、成立に争いのない甲第二号証によれば、右の被告所部係官の説明は被告の相続税法七条の低額譲受に関する解釈に反するものと認められ、右説明ないし行政指導がなされたからといつて被告の課税実務の取り扱いが原告の前記主張のように確定していたとみることはできないから、原告の右(4)の主張はその前提を欠くものといわざるをえない。

以上に詳述したとおり、原告の主張する根拠はいずれも肯認することができず、結局、相続税法七条の低額譲受の意義に関する原告の前記主張は独自の見解であつて採用の限りでない。

3  そこで、本件売買価額が、右の説示した意味での著しく低い価額の対価に当たるか否かを検討するために、右売買価額と前示のとおり市場価額より低額であると認められる相続税評価額とを対比してみることとする。

(一)  〈証拠〉によれば、昭和五一年分の相続税評価額は、本件土地の所在する地域にある宅地については、その固定資産税評価額の1.5倍の価額であり、雑種地については、その現況に応じ、類似する附近の土地の評価方法に準じて計算した金額により評価した価額であることが認められる。

(1) 第二物件の相続税評価額について

〈証拠〉を総合すれば、第二物件の売買契約当時(前示のとおり昭和五一年一月当時)の状況は、宅地であり、造成を必要としない状況であつたことが認められ〈る。〉したがつて、第二物件の売買契約当時の相続税評価額は、前示宅地の評価方法によることとなり、〈証拠〉によれば、右土地の昭和五一年度の固定資産税評価額が八五八万一九五〇円であつたことが認められるから、その相続税評価額は一二八七万二九二五円となる。

(2) 第一物件の相続税評価額について

〈証拠〉によれば、第一物件の売買当時(前示のとおり昭和五一年一月当時)の状況は地面の堅い雑種地であり、第二物件の土地より約三〇センチメートル低かつたことが認められ〈る。〉そうすると、第一物件の相続税評価額は、前示の雑種地の評価方法によるべきことになるところ、〈証拠〉によれば、第二物件が第一物件に隣接しており、位置、形状等の条件(前示の高低差を除く。)が類似している土地であると認められる。原告は、第一物件が第二物件と異なり袋地である旨主張するが、〈証拠〉によれば、第一物件を宅地として評価した場合の昭和五一年度の一平方メートル当たりの固定資産税評価額(右評価額は、第一物件の地形等をも考慮して評価されたものと推認される。)は、第二物件のそれと同じであることが認められるから、相続税評価額の算出に当たつては袋地であることを考慮する必要はないと考えられる。

ところで、第一物件は、前示のとおり第二物件より約三〇センチメートル低く、第二物件と同じく宅地として利用するには埋立てを要するものであつたから、宅地造成費相当額を第二物件の評価額から控除するのが相当であり、〈証拠〉によれば、その宅地造成費は、傾斜度の度数別による宅地造成費の概算控除率表の高さ一メートル未満の土盛地に適用する概算控除割合の五パーセントの数値を適用するのが相当であると認められる。

また、〈証拠〉によれば、第一物件の地積は四五六平方メートルであることが認められる。

以上により、第一物件の相続税評価額を算出すると、次のとおりとなる。

(ア) 第二物件の固定資産税評価額 一平方メートル当たり 一万七五五〇円

(イ) 第二物件に係る評価基準による評価倍率 1.5倍

(ウ) 定地造成費 五パーセント

(エ) 第一物件の地積 四五六平方メートル

(オ) 評価額 (ア)×(イ)×(一−(ウ))×(エ)

一一四〇万三九九〇円

なお、原告は、第一物件の相続税評価額は、第一物件の固定資産税評価額に1.5の倍率を乗じて算出すべきである旨主張するが、同物件の現況、周囲の土地の状況に照らせば、同物件が将来宅地とされる可能性があること、前示のとおり同物件と類似の土地と認められる第二物件の現況が宅地であること、更に本件土地の所在する成瀬地区では、宅地以外の田、畑、山林、原野の相続税評価額の算出につき宅地比準方式によつていることに徴すれば、第一物件の相続税評価額につき宅地比準方式によるのは合理的であると考えられ、原告の右主張は理由がない。

別表一

(単位:円)

区分

決定

異議決定

審査裁決

年月日

五三・一一・二七

五四・三・二九

五五・六・二三

課税価格

一五、四八一、六五〇

一二、七一七、五二五

一〇、三八八、九四〇

税額

六、九八三、六〇〇

五、三六九、三〇〇

四、〇八八、四〇〇

無申告

加算税額

六九八、三〇〇

五三六、九〇〇

四〇八、八〇〇

(二)  以上のとおり、第一物件の相続税評価額は一一四〇万三九九〇円、第二物件のそれは一二八七万二九二五円であるところ、第一物件の売買価額は五〇〇万円、第二物件のそれは七〇〇万円にすぎず、その差額は、第一物件につき六四〇万三九九〇円、第二物件につき五八七万二九二五円にも達するものであるから、原告主張の本件売買の経緯を考慮しても、本件売買価額は、いずれも、課税の公平負担の見地にかんがみれば著しく低い価額の対価であると認めるのを相当とする。

4  よつて、相続税法七条により、本件土地の売買価額と本件売買契約の行われた昭和五一年一月当時の右土地の時価との差額に相当する金額を原告は贈与によつて取得したものとみなされることとなる。

そうして、右時価とは、譲渡のなされた時において、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額、いわゆる実勢価額をいうものと解されるが、前示のとおり、課税実務では相続税評価額を右時価として課税しており、本件のように譲り受けた財産が土地である場合には右にいう時価を算出することが困難であること、かような場合に相続による土地取得の場合と同様に相続税評価額を時価とみなすことが合理的であることに照らすと、右の課税実務における取り扱いはこれを正当として是認することができるから、これにしたがつて本件売買価額と昭和五一年一月当時の本件土地の時価との差額を計算すると次のとおりとなる。

(1)  第一物件 六四〇万三九九〇円

一一四〇万三九九〇円―五〇〇万円

(2)  第二物件 五八七万二九二五円

一二八七万二九二五円―七〇〇万円

(3)  合計 一二二七万六九一五円

したがつて、右差額の合計一二二七万六九一五円に相当する金額を原告は、昭和五一年一月に贈与によつて取得したものとみなされる。

そうすると、右金額の範囲内でした本件贈与税決定処分は適法である。

三本件無申告加算税賦課決定処分について

前示のとおり原告は贈与を受けたものとみなされるところ、原告が昭和五一年分の贈与税の法定申告期限である昭和五二年三月一五日までに本件贈与税の申告書を提出しなかつたことは、原告において明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。そうして、被告が右贈与とみなされる分について、贈与税の決定処分をしたことは当事者間に争いがない。

したがつて、国税通則法六六条一項一号の規定に基づき、無申告加算税を課するべきところ、その税額は、同条によれば贈与税額に一〇〇分の一〇の割合を乗じて計算した金額であるから、右金額の範囲内でした本件無申告加算税賦課決定処分は適法である。

四以上の次第で、本訴請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(小川正澄 志田洋 竹内民生)

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